今月のエッセイ(2022/2)
Author: セプティマ・レイ
2月です。世間では受験シーズン真っ盛りですね。今年から始まった共通テストの試験会場で携帯電話を使ったカンニングが受験生によって行われ、世界史の問題が漏洩したことがマスコミによって大々的に報道されました。私はセンター試験の監督を何年もやっていますが、さすがに携帯電話を使って試験問題を撮影し、それを相手方に送信して、解答を相手方から受信する。さらにそれを見て、解答用紙に写すという行為は、通常なら試験監督が気づくと思います。おそらくカンニングのあった教室では、あまり見回りをしていなかったのではないでしょうか。さらに大教室だったので、試験監督の目が届かなかった可能性があります。
確かに教室内を見回りすぎると、あとで受験生からクレームが来るので、必要最小限度で見回るようにしています。大学は受験生のクレームに過度に敏感なため、現場ではできるだけ受験生からクレームが来ないようにと、見回りをなるべく控えている大学も多いと思います。ただし、あまり受験生に気を遣い過ぎると、今回のような事件が起きるので、大学としては悩ましいところです。そもそも大学の教員は一般的に言って、事務作業が苦手なので、現場では余裕のない教員がたくさんいます(そもそもPCさえまともに使えない教員が少なくありません)。
カンニングに追い立てるものは、高学歴を手に入れて、安定した裕福な生活を手に入れたいという欲求でしょうか。日本はアメリカと違って、社会人教育にあまり熱心ではありません。社会人が気楽に大学に戻れる環境を整えてあげて、セカンドチャンスを与えることが大事だと思います。とにかく日本の政府が教育にお金を使いません。なので、高い教育費が家計を圧迫するので、子供がいる社会人は自ら大学に戻るなんてまったく考えられない状況にあります。教育は国家百年の大計です。長期的視野で優れた人材を輩出する社会システムを構築することが喫緊の課題だと思います。
ところでカンニングを扱った映画は、枚挙に暇がありません。映画業界では、カンニングはユーモアとスリルを観客に味わってもらえる恰好のテーマなのです(大学関係者から見たら不謹慎かもしれませんが・・・)。私が見た映画の中では「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」というタイの映画が断トツです。頭脳明晰な天才女子高校生の主人公が出来損ないの同級生たちに自分の解答をカンニングさせるというストーリーですが、終盤は大規模なカンニング・ビジネスに発展するというもので、冒頭のカンニング事件を彷彿とさせるものになっています。アマゾン・プライムで見ることができるので、興味がある人はぜひお勧めです。