今月のエッセイ(2013/12)
Author: セプティマ・レイ
11月30日の松戸市民会館での山本潤子さんのコンサートに行ってきました。今回のライブではアメリカのフォーク・ミュージックをたくさんカバーしているようですが、自身の代表作も当然演奏します。少々ネタバレになるので心苦しいのですが、アンコールでは「卒業写真」を演奏しました。山本さんが歌い始めた瞬間、涙が勝手に溢れてきて、演奏中、ずっと号泣していました。
もともと私が音楽を志すきっかけとなったのが、小学4年生の時に家庭教師のお兄さんからもらったカセット・テープです。そこにはユーミンの「海を見ていた午後」「12月の雨」「ルージュの伝言」「少しだけ片想い」「アフリカへ行きたい」が入っていました。聴いた瞬間、衝撃が走り、テープが擦り切れるほど何度も聴きました。もう世界が一変しました。テレビから流れてくる歌謡曲がばからしく思えました。
家庭教師のお兄さんはあまり教育熱心ではなく、完全にバイト感覚で私に勉強を教えていました。私も勉強に興味があるわけもなく、お兄さんとのおしゃべりに夢中でした。ある日、お兄さんが押し入れに眠っているガット・ギターを見つけ(父親が浅草の夜店で買ったものです)、おもむろに吉田拓郎の「旅の宿」をつま弾き始めました。「お兄さん、ギター弾けるんだ~、すごいっ!」と感動した私は、すぐにギターを教えてくれるように頼みました。
以来、勉強そっちのけで、ギターの練習に明け暮れました。毎朝5時に起きて、小学校に行く前に2~3時間も練習しました。毎月雑誌の「平凡」を買って、付録の歌本で曲を弾きまくりました。コード理論も自分で勉強して、マスターしました。譜面も書けるようになったので、1年100曲ペースで作曲を始めました。勉強ばかりしていると思っている親には大変申し訳なかったです。まあ、もう時効ですね。
1974年から1976年にかけては、フォークソングやニューミュージックの全盛期でした。拓郎はもちろん、小椋佳、井上陽水、オフコース、グレープ、かぐや姫、イルカ、ガロ・・・。枚挙に暇がありません。私が初めて買ったシングル・レコードは中村雅俊の「俺たちの旅」(作詞・作曲は小椋佳)、アルバム・レコードはかぐや姫の「三階建の詩」です。でもその中でもユーミンは特別な存在でした。曲が飛び抜けていいし、アレンジも素晴らしい。反抗期の私は本気で家出をして、ユーミンと結婚しようと思っていました。バカですね。。。
50歳になった今、昔のことなどすっかり忘れているのですが、ユーミンの曲、特にカセットに入っていた曲を聴くと、当時にフラッシュバックして、号泣してしまうのです。会場でも私のように泣いている中年男女がかなりいました。音楽の威力を思い知らされた夜でした。たかが音楽、されど音楽です。先日の国立競技場の早明戦の後で、ユーミンが「ノーサイド」を熱唱する姿をYouTubeで見て、またも号泣している今日この頃なのです。